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隣の芝が青く見える意味と理由

隣の芝が青く見えるという言葉は、芝生の話をしているわけじゃないですよね。もちろん言葉の由来は隣の芝生が青々しくてきれいに見えたことを羨んでいるわけで、芝じゃなくても松でも窓でもいいわけです。なんで芝生だったのかは謎ですが、確かによその家の芝生はきれいに見えます。よその芝生が気になるということは、そもそも自分自身が芝生に対してきれいにしていたいという意識があるからではないでしょうか?何も興味がないことであれば、相手のものを羨んだりはしませんよね。

この言葉の意味は、他人の物はよく見えるという話です。だけど実際はそんなことがなくて大差ないのでしょうが、なぜだか人のものはよく見えるのだ、ということですね。

他人のものと比べても仕方ないのになぜ比べたくなるのでしょうか?みんな自分の方が劣っているとは思いたくないのは事実です。
自分の方が劣っていないと感じると安心だフォンするわけですね。

我が家を建てたばかりの頃、自分の家が一番素敵だとか思っていたはずなのに、時間が経つと自分の家の欠点を見つけて、また同時に他人の家の良いところばかりに目が行くようになります。

結局は無い物ねだりなわけですね。世界一か自分が満足できるレベルにならない限り続くのでしょうし、一生満足出来ないのかもしれないですね。もし頂点に立てたとしても、逆に満足できなくなるかもしれませんね。

大切なのは、自分が持っているものの良さを改めて感じてみることです。
確かに他人のものがよく見えることはたくさんありますが、自分のものにもそこにはない良い点が必ずあるはずです。
例えば我が家、家が広い分庭が広めですし、芝生も皆さんに褒められるほどきれいです。今まではただ狭いとか、庭の手入れが大変とかしか思わなくなっていましたが、味方を変えればよい部分もちゃんとあるのです。

自信をもって、自分のものの良いところを実感してみてください。誰かに褒められて聞き流していたことも、よ〜く考えてみればなかなか良い点なのだと気が付くはずです。他人に客観的に見て言われることは、お世辞でなければたいがい正しいはずですよね(笑)

人に言われないような細かいことにだって良い点が沢山隠れているはずですので、まだ気がついていない良さを新たに発見出来るかもしれませんよ。
隣の芝は青いですが、我が家の芝も青いかもしれませんし、感じ方によってはもっときれいな色かもしれませんね。